2018年8月9日木曜日

【短期連載その10 蟻とおじいさん】

《蟻》

脱衣所の洗面台に、蟻が出るようになった。頭と胸が薄い茶色で、腹の部分が黒っぽい大変小さな蟻です。連日、洗面台の上で数匹がウロウロしているので、見つけるたびにガムテープで貼り付けの刑に処しているのですが、絶えることなく、かといって増えることもなくウロウロして今日で4日目くらいになる。何かに集っているわけでもなく、隊列も組んでいないので、どこから来ているのかも分からないし目的も分からない。働き蟻って何割かは仕事をしないというので、その怠け者たちがうろついているのだろうか。夏だし。今日は運転している夫の腕に1匹付いていて、お互い迷惑そうでした。


《おじいさん》

私が結婚して今の家に住み始めるより前から、我が家の台所の水道には、とあるメーカーの浄水器がついています。浄水器は3年に1回くらいのペースでカートリッジを交換しなくてはいけなくて、私が初めてそのカートリッジ交換に立ち会った時、交換しにきた人は小柄な、優しい感じのおじさんだった。そこまでは別にいいのですが、そのおじさんがなぜか奥さんらしき人(派手・お喋り・詮索好き)を一緒に連れてきて、奥さんは作業をするおじさんを横目にリビングのソファにどっかりと座り、大きな声でいかにこの浄水器でろ過した水が素晴らしいか、という話をして私が出したお茶を飲み帰って行きました。そんなことがあってから私はその浄水器のことをフェアな目で見ることができなくなっていたのだが、我が家の水回りについては同居の義両親が統べているのでそのまま使い続け、次の交換時期が来てしまった。で、またその変な(?)夫婦が来るのかな、と思っていたらどうもそのおじさんの方が病気をしてしまったらしく、代わりに70代後半の麦わら帽子を被ったおじいさんが道具を担いで遠くの駅から徒歩でやってきました。交換作業中、そのおじいさんも「この水を飲み続けているので足腰も強く元気でいられます」と浄水器を褒めちぎっていた。さらにその3年後、同じおじいさんが交換に来ることになったのだが、さすがに駅から電話で迎えに来てくれという要請がありました。迎えの車中、「私も80過ぎましたが皆に若い若いと言われます、この水を飲んで90になっても頑張りますよ!」と相変わらず浄水器に全幅の信頼を寄せたコメントを繰り返し、交換作業では水道のナットをゆるゆるに締めて帰って行きました。あのおじいさんが帰ってから5年の年月が経ちますが、未だ何の連絡もないので、どこかであの水を飲みながら元気にしていることを祈念しつつ、浄水器の変更を義両親に進言したく思います。


【備忘録】
沼地のある森を抜けて
梨木 香歩
4104299057

ぬか床から始まる冒険。

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